代表メッセージ 2011年

代表メッセージ(2011年)

私は誰か?

フランスの哲学者サルトルは、机やドアなどを「即自存在」と規定したのに対し、人間を「対自存在(可能存在)」と規定しました。つまり、机はどれだけ時間を経ても机であり続け、それ以外のものではありえない。即ちA(机)=Aであり、A≠nonAであると。ところが人間は机などと違い、絶えず「自己を越え出る存在」であって、自分自身に可能性を投げかける(企投する)ことによって、常に別の自分に成ろうとする可能存在、自由な存在であるというのです。つまり人間は、机と異なりB(人間) ≠B、B=nonBだということです。

 確かに机を前にして「君は机ではないのだよ」と、机そのものに対して我々は「否定」を持ち込むことはできません。しかし人間はどうでしょう。「今の君は本当の君ではないんだ」と言われたらあなたはどう応えるでしょうか。「いや僕は僕で、三十年後も今と変わらない僕だよ」と応えるのでしょうか。 サルトルの『存在と無』という本を読んだ時、「私は一体誰なのだろう」と考えました。自分の未来には「なるべき自分」というものがあるらしい。しかしそれは一体何なのだろう。

 その本を読んで、もう三十年以上が経ちます。しかし、未だに私は「これが私だ」という瞬間を経験していません。サルトルに言わせればそれは当然で、「これが自分だ」と捉えた瞬間に、「別の可能性を持つ自分」が出現するものですから、企投(自由)の情熱は結局、悪しき無限の反転(悪無限)に終わるのです。

 このように、自分に可能性を投げかけて「未来の自分を探す旅」は終わりのないものです。しかし「本来の自分を探す旅」は価値のないものなのでしょか。人間は机のように、ただ存在し「私は何年経っても私だよ」と言って人生を終えることができるのでしょうか。

 小学生、中学生、高校生の皆さんの前には広大な「可能性の海」が広がっています。皆さんはこれからその大海原に漕ぎ出していこうとしています。「本当の自分を探す旅」です。人間ですから時間は限られています。最終目的地はサルトルの言うように存在しないのかも知れません。しかし、忍耐強く、自分の可能性を追求していけば必ず、ある時ある瞬間に素晴らしい、机のように【充実した自分】を発見できると我々は確信しています。

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